氏名: 岩山 登 (489734014)

論文題目: 論理プログラミングによる知的推論の表現と実現に関する研究


論文概要

本研究では, 人間が行っている知的推論を記述でき, さらにその記述が計算機上で実現 できる論理的体系について考察 する. この考察の目的は, 人間の知的振舞いを組み込んだ(計算機)システムを 実現することである.

システムを実用的なものとするためには, その論理体系に関して, 記述が容易であること, 計算の手続きが存在すること, その手続きが効率的であることの 3点が重要である. そこで これらの点を本研究の基本的指針とし, 次の各要素の検討を行った:

  1. 知的推論の構文論, モデル論の定義,
  2. 正規論理プログラミングにおける表現,
  3. 論理プログラムの安定モデルと, 知的推論のモデルの等価性,
  4. 安定モデル計算手続き.

これらの各要素を全体としてみれば, 人間の知的振舞いを組み込んだ(計算機)システムを実現することができる.

ここで, 3つの指針と各項目との関連について説明する.

第1に, 知的推論を表現できる論理的体系は記述しやすくなければならない. そこで, 本研究では, 論理プログラミングを基本となる論理体系として採用した. 論理プログラミングは一階述語論理を構文的に制限したものであり, プログラ ミング言語として手続き的な解釈もできる.

さらに, 通常の論理プログラミングの範囲での記述に, 若干知的推論のための 記述を付加するだけで, 知的推論を組み込んだシステムを表現できるとよい. そうすれば, 論理プログラミングのもともとの記述容易性は維持することがで きる.

第 2に, 知的振舞いを組み込んだシステムの実現のためには, 記述されたシステムの表現に対応する振舞いを計算できること, すなわち, アルゴリズムが存在することが必要である. 本研究では, 知的推論のための記述を 通常の構文だけの論理プログラムに変 換し, 変換後のプログラムのモデルを計算することにより 知的推論を実現するというアプローチをとる.

本研究では, 知的推論が変換される表現として正規論理プログラムを採用した. 正規論理プログラムとは, 失敗による否定を含むホーン節集合であり, 構文上Prolog と等価である. 正規論理プログラムは知的推論のための論理として強力であり, 他の(論理プ ログラミングによらない, より構文的に複雑な)知的推論 体系との等価性が明らかになっている.

さらに, 正規論理プログラムの意味論として, 安定モデル意味論を用いる. なぜなら, 安定モデル意味論では, プログラムは一般に複数のモデルをもち, それらのモデル は, 知的推論の複数の推論結果に対応させることができるからである. また, いくつかの安定モデル計算手続きが提案されている.

第 3に, 知的振舞いをするシステムを実用的なものとするためには, 計算が効率的であることが重要である. 安定モデルの計算手続きは理論的には, 一般の場合効率的でないことが知られ ている. 実際的な記述を考えるとさまざま制約条件が存在するので, その制約条件を利 用し 安定モデル計算手続きを高速化する検討を行った.

以下では, 本研究の具体的成果について述べる.

アブダクションの論理プログラミングによる表現

アブダクションとは, 結果から原因を推測する推論である. 現在の知識に新しく言明を付け加えると, 観測された事実を推論できる場合, その新しい言明は観測事実の説明となる. つまり, アブダクションとは観測事実に対する 説明を見つけるという推論のことである.

ここでいうアブダクションでは, 説明として用いられる特別な命題(abducible)をあらか じめ指定しておく. つまり, 通常の論理とは構文上abducible を考慮する点が異なる. 論理プログラミングにおいても, abducibleを持つ特別な論理プログラム, ア ブダクティブ論理プログラムを考えることができる.

本研究では, ア ブダクティブ論理プログラムをabducible のない正規論理プログラムに変換す る手法を提案し, 変換前のプログラムにおける観測と説明の関係が, 変換後のプログラムの安定モ デルに保存されることを示した. つまり, アブダクションの計算を, アブダクションを直接扱うことなく計算す ることができることになる.

類推の論理プログラミングによる表現

類推とは, 類似した性質を持つオブジェクトは他の性質も類似するという点に 着目した推論である.

本研究では, 類推を 3つのルールからなる簡便なプログラム片として表現し, それを任意のプログラムに付け加えることで, 元のプログラムにおける類推が 実現できることを示した.

過去の類推研究では, 類似した性質として何を取り上げればよいか, その性質を持つオブジェクトは何か, どの性質を他の類似した性質と 考えればよいか, という点(類推における不可分性)に答えていなかった. 本研究の手法では, 類推を行うきっかけとなるゴールを与えたとき, 計算の過程で自然に条件が定 まり, 類推における不可分性の問題は回避される点が重要である.

ゴール指向安定モデル構成手続き

安定モデルの健全な計算は, トップダウンに行うことができない. このためボトムアップにモデル生成を行うほかなく, 結果として効率は悪くな る.

本研究では, ボトムアップなモデル生成手続きに ゴール指向の機構を組み入れることによって, 不必要なモデル生成の枝刈りを 行う手法を提案した. この手法では, 動的に生成されたゴールに対しても 同じ処理を行うことができ, その効果は顕著である. さらに, 制約条件の動的な確認を行うことによっても, さらなる枝刈りを行い, より一層の高速ができた. 計算機実験により手続きの高速化を検証し, その効果を確認した.


目次に戻る


asakura@nuie.nagoya-u.ac.jp